弁護士の質問状(手紙)とは、宣戦布告である、と私は思う。
 
 本来であれば、法律うんぬんは抜きにして、従業員と上司または雇用主とが直接話し合うのがベストである。或いは、十分に話し合いをしても相互納得の形にならない事項もあり、納得いかないまま仕事を続けるしかない場合もある。
 どうしても受け入れられなければ職場を変えるという選択肢もあるが、納得いかない職場を去ることと、納得いかない事柄にきっちりけじめをつけることは別問題。

 弁護士に依頼するのは、依頼主には妥協できないことがあり、かつ当人同士の話し合いによる和解が不可能になっているためである。
 
 「宣戦布告状」を送り付ける以上、平和的解決には決してならず、相手もおそらく弁護士を立て、法律の穴をくぐり抜けるような、時には姑息とも感じられる対応をしてくるであろうことを覚悟すべきである。


 では、「宣戦布告状」こと弁護士の質問状を送付したら、その後どういう展開になるのか。

 弁護士の質問状を受け取った相手は、どういう対応をしてくるのか。


1.弁護士の質問状(初回)

 法的な観点のみから述べるなら、手紙を無視しても、その時点では何ら問題が起こらないというのが答えである。

 弁護士からの質問状には回答期限が設けられているが、仮にその期限までに回答しなかったからといって、即罰金が科せられたり裁判所から呼ばれたりすることはない。

 相手が弁護士からの質問状をしょっちゅう受け取っているような人物の場合、この時点で、故意に手紙を無視してくる可能性がある

 私も、初回の質問状は「え?手紙なんてもらってませんよ~、届いてませぇーん」という対応に出られた。事実、ドイツの郵便事情は先進国とは思えないほど最悪であるため、この段階では「郵便事故でしょう」「ファックス壊れてましてねぇ」とか言われたら反論しようがない。名付けて、引き延ばし作戦相手のストレス増長作戦相手の弁護士費用を増やしてやる作戦

 回答期限までに回答がない場合、弁護士から依頼主に「期限までに回答が得られなかった」旨の連絡が行き、次のステップに進むかどうか打診がある。

 仮に、次のステップに進まないのなら、そこで終了である。


2.通告文

 次のステップに進む場合、依頼主は弁護士に通告文の送付を依頼することになる(有料)。
 通告文とは、「対応する意思がないなら、依頼主は裁判を起こす意向がある」ことの通告であり、これにも回答期限がある。

 これも、法的な観点のみから述べるなら、無視しても、その時点では何ら問題が起こらないといえる。

 回答期限を過ぎた場合、依頼主は訴訟に踏み切ることが可能になる。

 しかしながら、依頼主が弁護士保険未加入であった場合、裁判手続きにかかる費用+弁護士費用が必要になる。別途、弁護士事務所と連絡を取り合うために電話したり出向いたり、といった諸経費、そして、何よりも根気と強い精神力、体力も必要だ。

 この時点で依頼主が「やっぱりやめる」となれば、そこで終了である。


3.裁判所からの出頭命令

 いよいよ依頼主が訴訟に踏み切った場合、弁護士は裁判手続きに着手し、やがて裁判所から被告に出頭命令書が送付される。

 この出頭命令書は、一般書留とも別扱いの特別郵便であるらしく、郵便事故などは100%起こらず届けられるらしい。
 出頭命令を被告が無視して、指定の日時に出向かなかった場合、自動的に敗訴になる。但し、裁判所が認める事情があれば、延期することができる。(聞くところによると、訴えられ慣れている人物の場合、あの手この手を駆使して、故意に絶妙なタイミングで裁判を延期させてくる場合があるらしい。そうなれば、依頼主はストレスも弁護士費用も増えるばかりである)

 ただ、被告がドイツ国外逃亡して生涯二度とドイツに戻らなければ、民事であるため国際指名手配にはならず、依頼主の泣き寝入りとなる。


4.補足

 私が弁護士から言われたのは、以下の通りである。


 長年の経験からいって、最初の質問状を送付して、回答期限までに回答せず「届いていない」「受け取っていない」と言ってくる相手の場合、訴えられ慣れており、その後も誠意ある対応はしてこない可能性が極めて高い。あなたが弁護士保険に加入していない以上、これ以上この件を進めることはあなたの金銭的・精神的負担が増える一方である。何よりも、訴訟に踏み切っても、訴訟にかかる費用が被告に請求可能な金額よりはるかに上回っている。
 ゆえに、これ以上先に進めることは、あなたの弁護士としてお勧めできない。

 
 以上、弁護士からのアドバイス。

 上記でさんざん「法的な観点のみから述べるなら」と書いたのは、言うまでもなく、法律に抵触するか否かと、人間として誠意ある対応とはまったく別だからだ。



5.感想

 完全に相手が悪いのに、どうにもできないなんて悔しすぎる。

 余談だが、ドイツではない某国において、賃金未払いへの抗議として、従業員ほか来客も出入りする職場入り口に、抗議文を書いた旗(?)を持って連日朝から晩まで座り込むという手段に出た人がいた。
 ある意味、訴訟なんかよりよほど手っ取り早く効果的かもしれないが、私にはあそこまでやる勇気も時間的物理的余裕もない。仮にあの時、お腹の子が本当にどうにかなっていたら、子どもたちも引き連れてやっていたかもしれないが。